
はじめに
タイは近年、首相の交代が相次ぎ、政局の不安定さが国内外から注目を集めています。本日も、バンコクポストでは新総裁のニュースが出ております。
https://www.bangkokpost.com/thailand/politics/3098024/anutin-signs-pm-nomination-agreement
2023年5月の総選挙以降、セーター・タウィーシン首相、ペートンターン・シナワット首相と続けて新しい首相が誕生しましたが、いずれも憲法裁判所によって解任される事態となりました。そして現在(2025年9月)、プームジャイタイ党(タイ誇り党)のアヌティン・チャーンウィラクン党首が新政権樹立に向けて動いています。本記事では、これまでの首相交代の経緯と最新の政局、さらにプームジャイタイ党の政策や戦略がタイの統治に与える影響を、詳しく解説します。
第1章:2023年総選挙とセーター・タウィーシン政権の誕生
選挙結果とガウクライ党の挫折
2023年5月14日に実施された下院総選挙では、改革色の強いガウクライ党が第一党となりました。当初、ガウクライ党は連立政権の樹立を目指しましたが、上院(軍や保守勢力の影響が強い)の反発により挫折します。ここからタイ政治の混乱は始まります。
プアタイ党とプームジャイタイ党の連立
第一党として政権樹立に失敗したガウクライ党に代わり、プアタイ党(タイ貢献党)が中心となり、首相候補にセーター・タウィーシン氏を擁立しました。セーター氏は不動産開発大手「センシリ」の元CEOで、ビジネス経験豊富な実務家として期待されました。
2023年8月7日、プアタイ党は第3党のプームジャイタイ党と共同記者会見を開き、両党を中心に連立政権を目指すと表明しました。この時、プアタイ党はプラウィット副首相率いるパラン・プラチャーラット党や、プラユット首相率いるタイ団結国家建設党とは連立を組まないと改めて強調しました。
セーター政権の誕生と大麻政策の見直し
2023年9月、セーター・タウィーシン氏が正式に首相に就任。新政権は大麻政策の見直しを打ち出しました。プームジャイタイ党が推進した「大麻合法化」について、医療目的のみに限定する方針を掲げたのです。これは、プアタイ党が麻薬対策強化を公約としていたことと、連立を組む11党での合意を背景にしていました。
セーター政権の終焉
しかし、セーター首相は閣僚任命に関する規定違反を理由に、憲法裁判所の判断で解任されます。任期は短く、タイ政治の不安定さを象徴する出来事となりました。
第2章:ペートンターン・シナワット政権の誕生と解任
シナワット家の再登場
セーター首相解任後、首相に就任したのはペートンターン・シナワット氏でした。彼女はタクシン元首相の次女、インラック元首相の姪であり、シナワット家の血統を引く存在です。若干の年齢で首相に就任し、タイ史上最年少の首相であり、インラック氏に次ぐ2人目の女性首相となりました。
電話会談流出と国民の怒り
ペートンターン政権を揺るがしたのは、カンボジアのフン・セン前首相との電話会談の音声流出でした。2025年5月28日に発生したタイ・カンボジア国境での軍事衝突を背景に、ペートンターン首相がフン・セン氏を「おじさん」と呼び、タイ軍司令官を軽視するような発言をした音声が公開され、国内に大きな衝撃を与えました。
この発言は「国益を損ない、個人の人気や政権維持を優先した」と批判され、国民の怒りが爆発。主要連立パートナーであったプームジャイタイ党も2025年6月18日に連立離脱を表明しました。
憲法裁判所による解任
36人の上院議員がペートンターン首相の解任を求めて憲法裁判所に提訴。裁判所は「国益より個人の利益を優先した重大な倫理違反」と判断し、2025年8月29日に彼女を解任しました。これにより、タイは再び暫定政権下に置かれることになったのです。
第3章:アヌティン・チャーンウィラクンの台頭
首相就任への動き
ペートンターン首相の解任後、プームジャイタイ党党首のアヌティン・チャーンウィラクン氏が首相就任に意欲を示しました。彼は連立交渉を始め、前進党の後継である国民党に接触しました。
国民党が提示した3条件
国民党は以下の条件を提示し、プームジャイタイ党はこれを即座に受け入れました。
- 就任後4か月以内に議会を解散し、総選挙を実施すること。
- 憲法改正のための国民投票を行い、新憲法を速やかに制定すること。
- 国民党は野党として政権に加わらず、閣僚を送り込まないこと。
この合意により、アヌティン氏は少数派連立政権(146議席)の樹立を目指すことになります。
暫定首相による議会解散の申し出
しかし、暫定首相プムタム・ウェーチャヤチャイ氏は、2025年9月2日に議会解散を国王に申し出ていました。これにより、アヌティン氏の新政権樹立の動きと、議会解散の流れが並行して進むという前例のない状況が生まれています。
第4章:プームジャイタイ党の政策と戦略
看板政策:大麻合法化
プームジャイタイ党の最大の特徴は、大麻合法化政策です。アヌティン党首の主導で2022年に大麻が麻薬リストから除外され、医療・産業利用が推進されました。これにより地方の農民に新たな収入源が生まれ、党の支持基盤拡大に寄与しました。
経済・社会政策
- 緊急融資5万バーツ
- ソーラーパネル無料設置
- 医療福祉拡充(無料透析センター、ファミリードクタープロジェクト)
- インフラ大規模投資(ランドブリッジ構想、電気バス導入)
これらは「草の根支援」として人気を博す一方、財政負担が大きく、TDRI(タイ開発研究所)は1.9兆バーツの費用がかかると試算しています。
政治戦略
プームジャイタイ党は「現実主義」と「柔軟性」で知られます。イデオロギーに固執せず、常にキャスティング・ボートを握り、連立の中心に食い込む戦略をとってきました。今回の少数派政権構想も、その柔軟な姿勢の延長線上にあります。
第5章:大麻合法化推進と連立交渉力
大麻合法化は、プームジャイタイ党が「有言実行」の象徴として掲げる政策であり、党の存在感を際立たせています。
- 政策実績:大麻を危険薬物から外す法改正を実現。
- 経済効果:2025年には市場規模が430億バーツに達すると予測。
- 交渉力強化:連立政権交渉で「大麻政策支持」を条件にすることで、常に影響力を保持。
これにより、同党は政権に欠かせない存在となり続けています。
第6章:タイ政治の不安定性と今後の展望
頻発する首相交代
2023年以降、セーター首相、ペートンターン首相が相次いで解任され、現在はアヌティン氏が首相就任を目指しています。短期間での首相交代は、政治的安定性を大きく損なっています。
経済への影響
不安定な政治は投資家の信頼を失わせ、経済成長を阻害します。暫定政権下では大規模投資や政策遂行が停滞し、タイ経済はASEANで最も成長の遅い国の一つと見られています。
憲法改正の可能性
国民党との合意により、新憲法制定の道筋が見えてきました。しかし、4か月以内の議会解散と新憲法制定は、極めて困難な挑戦です。これが実現するかどうかは、タイ民主主義の将来を大きく左右するでしょう。
おわりに
タイの新しい首相をめぐる動きは、単なる政権交代の話ではなく、タイ社会が直面する構造的な課題を映し出しています。大麻合法化を旗印に影響力を強めるプームジャイタイ党、世襲政治を背負うシナワット家、そして国民の改革期待を背にする国民党。これらが複雑に絡み合い、今後のタイの統治と民主主義の方向性を形作っていくことになるでしょう。
2025年9月現在、アヌティン氏が新政権樹立を目指していますが、暫定首相の議会解散申し出により、政局は依然として不確実性に包まれています。タイ政治の混迷は続き、次なる展開から目が離せません。
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